知床鮭の台所から
~ みんなのおうちの鮭レシピ ~
知床鮭は、昔からこの町の食卓に当たり前に並ぶ、身近な存在でした。
けれど近年、その数は少なくなり、
家庭で手に入れる機会も限られてきています。
家庭で手に入れる機会も限られてきています。
それでも知床の台所では、
焼いたり、漬けたり、手をかけて仕込んだりと、
その日の気温や鮭の様子を見ながら、料理が作られてきました。
焼いたり、漬けたり、手をかけて仕込んだりと、
その日の気温や鮭の様子を見ながら、料理が作られてきました。
このコラムでは、町のみなさんの台所を訪ね、
おうちで親しまれてきた鮭料理と、そのエピソードを教えてもらいます。
おうちで親しまれてきた鮭料理と、そのエピソードを教えてもらいます。
ひとつひとつの料理の向こうには、
知床で鮭とともに暮らしてきた時間や風景があります。
知床で鮭とともに暮らしてきた時間や風景があります。
これから先も、その価値がゆるやかに伝わっていくように。
「みんなのおうちの鮭レシピ」を通して、
知床の自然と暮らしの豊かさを、少しずつ届けていきます。
「みんなのおうちの鮭レシピ」を通して、
知床の自然と暮らしの豊かさを、少しずつ届けていきます。
🐟 Recipe01 : 飯寿司
鮭の飯寿司がつなぐ地域の輪
皆さんは「鮭の飯寿司」を知っていますか?
「飯寿司は食べたことがあるけれど、鮭の飯寿司はない」という方、「そもそも『飯寿司』ってなに?」と思う方もいるかもしれません。
そこで今回は、斜里町で長年飯寿司を漬けている方々のもとへ伺い、飯寿司づくりの見学とお手伝いをさせていただいたときの様子をお届けします。
鮭日本一のまち知床・斜里町で行われている鮭の飯寿司づくりを体験したら、斜里町の地域のつながりが見えてきました。
飯寿司づくりの前に
そもそも飯寿司とは、魚と野菜を米麹に漬けて発酵させた郷土料理のこと。北海道全域や東北地方の気温が低い沿岸部の食文化です。飯寿司には鮭やホッケ、ニシン、ハタハタなど北海道の魚が用いられますが、どの魚を使うかは地域や家庭によって異なります。晩秋から初冬ごろに漬け込まれる冬の保存食で、お正月の食卓を彩るハレの日のごちそうとして食べることが多いそうです。
今回取材にご協力いただいたのは、斜里町に住む窪田さん、今井さん、橋本さん、鈴木さん、島津さん。クリスマスの食卓に飯寿司を並べるため、その準備はおよそ1ヶ月前から始まります。
今年は11月20日に漬け込み作業をするために、その1週間前に木樽を濡らして膨張させておいたそうです。木樽を濡らしてもタガが外れてしまうときは、男手を借りてタガを調整してもらうこともあるといいます。そして漬け込み作業直前の数日かけて食材を切るなど準備をしておきます。
1日目 鮭を切る
取材に伺った初日は鮭を切る作業から。鮭の漁獲量が例年より少なく、秋鮭を入手するのにかなり苦労したと話す今井さん。
「夏頃から町内の店舗に注文していたけれど、そもそも獲れないからどうしようもない。探し回ってようやく手に入れたけれど、斜里産の鮭は昨年冷凍してあった1尾だけ。いつもは全部斜里産を使うんだけどね」
そんな今井さんの飯寿司づくりの師匠窪田さんはもう50年、鮭の飯寿司を漬け続けているといいます。
「斜里産の鮭が手に入らないなんて、今年が初めて。これまで一度も鮭以外の魚を使って飯寿司を漬けたことはないし、これからも鮭以外で漬けるつもりはないよ。鮭がまったく手に入らなくなったら、そのときはこの飯寿司づくりも終わりかな」
鮭をさばきながら、どこか寂しそうに語る窪田さんの横顔をみて、斜里の方々にとってどれだけ鮭が身近で、あたりまえのものであったかを感じました。
飯寿司に毎年使うのは斜里で獲れた塩鮭。身が大きく締まっていて、飯寿司にするとより一層おいしいのだとか。「氷頭(ひず)」と呼ばれる頭の軟骨部分も使うことで、コリコリとした食感を出す一工夫も。
この日の作業は、鮭を一口大に切って水に浸けるところまで。漬け込む前夜に酢漬けにするまで、朝晩水を替えつつかき混ぜて、汚れやうろこを落とすのだそうです。
2日目 野菜を切って、鮭を酢漬けに
飯寿司漬け込み作業の前日にふたたびお手伝いに伺った私たちの前に広がったのは、人参と大根の山。鮭の不漁に伴って、例年より漬ける量が少ないとはいえ、樽10個分の材料は圧巻でした。この野菜の山をただひたすらに短冊切りしていく作業。
このとき教わったのは「見た目の美しさが味のおいしさ」ということ。野菜を丸く切る家庭もあるけれど、窪田さんの教えでは彩りのバランスや形の統一感を出すために四角く切るのだといいます。
「日本の郷土料理らしい考え方だな」と考えながら作業に没頭すること数時間。切った野菜は色のバランスをみながらバケツに移し、塩を揉み込み下味をつけます。
そして切っておいた鮭を酢漬けにするのもこのとき。鮭の身を締め、臭みを抑え、殺菌効果で保存性を高めるそうです。この作業のおかげで、飯寿司づくりに失敗したことは一度もないといいます。ほかの家庭では気温が高くなって漬けた飯寿司が傷んでしまったこともあるのだとか。
飯寿司は一度で食べ切るわけではなく、年末年始の集まりなどお客さんが来たときに少しずつ食べていくもの。今回つくった飯寿司は2月半ばまで、3ヶ月ほど保存できるといいます。
これで飯寿司づくりの準備は完了。翌朝の漬け込み作業に向けて、鮭と野菜は冷暗所で保管しておきます。
3日目 漬け込み作業
この年の飯寿司の味が決まる漬け込み作業。1週間前に濡らしておいた木樽に、材料を層になるよう順に敷き詰めていきます。
木樽に並べるときは見た目がキレイになるように、人参と大根のバランスを整え、鮭の皮の向きを揃え、ご飯は少なめにします。そしてそれぞれの層で塩や砂糖、酒や酢など調味料を加えますが、その分量はすべて「感覚」。家庭によって砂糖を多めにしたり、酒や酢は使わなかったり。
飯寿司の味は加える調味料の分量の違いだけでなく、漬け込んだあと保管する場所の温度や湿度によっても変わるといいます。そのため漬け込み作業を一緒に同じ調味料の分量で行っても、持ち帰った家庭ごとに味が変わることも。
材料を重ねて樽をいっぱいにしたら、最後に笹の葉をのせます。今ではスーパーで買った笹の葉を使っていますが、昔は自分で取りに行っていたそうです。この笹の葉の殺菌効果が飯寿司の保存性をより高めてくれます。
笹の葉の上から蓋をそっとのせ、木樽はプラスチックの桶に入れておきます。こうすることで出てきた水分がふたたび木樽を通して吸われ、味がよく染み込んでおいしくなるといいます。このプラスチックの桶ごと各家庭に持ち帰り、蓋の上におもしをのせてそれぞれ管理します。
漬けた当日は1kg、3日後には5kg、1週間後には8〜10kgと木樽の様子を見ながらおもしを替えていきます。おもしの替え忘れがないように、今ではLINEでおもしを替えるタイミングを連絡しあっているのだとか。こうしてじっくり漬けておくことで甘みが全体に行き渡り、おいしい飯寿司ができるそうです。
鮭の飯寿司を味わう
「そろそろ食べごろだろうか」と思っていた12月26日、完成した鮭の飯寿司を届けていただきました。今井さんのご厚意で用意していただいた魚の形をした津軽塗りの器によそって、いざ実食。
初めて食べた飯寿司は酢の香りが鼻を抜け、素材の旨みを感じる奥深い味わいでした。醤油につけて食べると酸味がまろやかになって、鮭の旨みがさらに引き立ち、より食べやすい味に。私たちが切るのをお手伝いさせてもらった野菜は食べ応えがあっておいしく、適度な厚みが飯寿司には大切なのだと感じました。そしてしっかり締まった鮭の身を口いっぱい頬張る、幸せなひととき。
友好都市である弘前市の伝統漆器津軽塗りにそっと盛られた鮭の飯寿司は美しく、目にも味わい深いものでした。「実家の飯寿司よりおいしい」なんて声も聞こえるほど。
「今年の飯寿司は昨年よりうまくできた」「この飯寿司はうちの飯寿司と味が違う」そんな会話をしながら、みんなで食べるからこそ、飯寿司はおいしいのかもしれません。
飯寿司づくりを長く続けられる秘訣
斜里の食材にこだわった飯寿司でハレの日を祝い、地域の人に振る舞う。それをきっかけに「おいしいから、また分けてもらえませんか?」とファンが増えていく。
窪田さんは、食べた人が喜んでくれるのが嬉しくて、樽ごとおすそ分けすることもあったそうです。そしてあまりにお願いされることが増えて大変になってきたら「自分でつくりなさい!(笑)」と言って、一緒につくるようになることも。
実際に飯寿司づくりのお手伝いをさせていただいて感じたのは「とにかく楽しそう」。手を動かしながら、最近の話をしたり、テレビの相撲をみて熱が入ったり。和気藹々とした雰囲気のなかでも役割分担がしっかりできていてテキパキ作業を進めながら片付けまで済ませてしまう手際の良さは舌を巻くほどでした。その日の作業が終わると「いももちをつくってきたから焼いて食べよう」「私はお茶を用意したよ」と、一服の準備すらもあっという間に整うチームワークもさすがでした。
飯寿司づくりはとても大変です。漬け込み前の準備にも、漬け込んでからも手がかかり、食べられるまでにも時間がかかるもの。それでも続けられるのは、「おいしい」と言って食べてくれる町の人がいるから、そしてみんなで楽しんでつくっているからだと今井さんはいいます。
「見学・お手伝い」の名目で少しだけ参加させていただいた私たちにも優しく、あたたかい飯寿司づくりの現場はなんだかとても居心地の良い場所でした。それはきっと、長年楽しく飯寿司を漬け続けてきたからこそ生まれた空気感で、その地域のつながりの仲間に入れてもらえたような気がしたからかもしれません。
例年以上に貴重なものとなった鮭の飯寿司。そんな受け継がれる飯寿司づくりを見学・お手伝いさせていただいたことに感謝しつつ、斜里の鮭でまた飯寿司づくりができることを強く願っています。
< 取材日:2025.11.17-20 >